航空機は渦で飛ぶ

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日本では、結婚すると名前を変える。

日本では、結婚すると名前を変える。
多くは、女性が。
苗字の話ね。

結婚によって名前を変えることを嫌がる女性は日本では少数派である。
男性には聞いたことがないのでわからないけれど、どうなんだろう?

大分前に、国ごとの男女平等に関する評価か何かで、日本はあまり成績が良くなかった、というようなニュースを横目で見た。
その評価の理由の一つに、苗字の話が挙がっていた。
曰く、日本では結婚によって女性が名前を変えることが事実上強制されている。
これを聞いたとき、私は、それってそんなに非難されるようなことなのか、と一瞬反発を覚えた。よくある西洋的価値観の押しつけなのではないかと。

けれど、一瞬の動揺をやり過ごしてよく考えてみると、結婚したら苗字を変えなければならない、と小さい頃誰かに聞いたとき、私の感想は、「それはいやだな」だった。
苗字を変えるくらいどうということはない、と思っていたのは最近の私、しかも表層だけで、本当は今でも改名には抵抗があることにも気づいてしまった。

私の名前は所謂きらきらネームではない。
古今東西どこにでもある名前。古風な名前に分類されるけれど、アルファベットで綴れば海外にも同じ名前の人がいる。
加えて、母親が、結婚するずっと前から決めていた名前でもある。
私個人につけられた名前ではなく、私の母の長子の名前とも言える。
何が言いたいかというと、私にとって名前は、個人名だけでは不十分で、苗字も含めて初めて意味をもつものだということ。
(とはいえ、珍しい名前ではないので、同姓同名の別人もいる。)


苗字を変える、というのは名前が丸ごと変わってしまうのと変わらない。
名前なんて、と思うかもしれない。
けれど、自分を認識するために一番最初に必要なのは、名前ではないだろうか?
誰何されて答えるのは、自分の名前ではないだろうか?
ある日突然、自分の名前が全く違うものになったら、困惑しないだろうか?
親の旧姓でのフルネームを聞いて、違和感を覚えたことがないだろうか?
結婚前の親を別人のように思ったことはないだろうか?
私は、名前を変えるくらいなら、結婚なんかしない。
もともと結婚する気はなかったけれど、ますます決意が強固なものになった。

いつの間に、表層でだけとはいえ、名前を変えることを受け入れたのだろう?
と、考えて、ぞっとした。
そもそも初めに、結婚したら苗字が変わるのだ、と私に言った人(だれだか覚えてない)は、結婚したら私の名前が変わることを確定事項として話していた。私が女だから。
法律的には女性が変えなければならないわけではないのに。
そして、社会的に、男性側が苗字を変えるのは婿養子になるということで、田舎では特に、少し特殊な家だという目を向けられる。
多くの人が、結婚したら女性が改名するのが当たり前だと思っている。
そんな社会で、改名は仕方がないことなのだと摺込まれていったことに、自分では気づいていなかった。
そうした社会全体の雰囲気より、自覚のないまま考えを変えてしまっていた自分に寒気がした。

少し前、男女別姓という言葉をちらほら聞いた。
けれど、最近は聞かないね?
やっぱり、みんなあんまり気にしてないのかな……